世界もナットく!?姫路のボルト・ナットが超スグレモノな理由

電柱、車、テレビ、橋、高速道路、めがねに共通するものってな~んだ?

 

答えは…「ねじ」です!(*^▽^*)普段はなかなか存在を感じないものですが、身の回りの物に必ず必要で、無ければ困ってしまいますよね。

この現代社会において超・重要な「ねじ」が、姫路の伝統産業なのをご存知ですか?

 

「むか~しむかしのことじゃった…西播磨の製鉄の歴史」

 

姫路ゴルフ刀鍛冶西播磨では、古来より産鉄・製鉄が盛んに行われていました。鉄づくりに必要な良質の「砂鉄」と、それを燃やす「木炭」の原料になる森林に恵まれていたためでしょう。

 

土地に残る伝説を編纂した奈良時代の書物「播磨国風土記」にも、「天目一箇神(あめのまひとつのかみ)」という鍛冶の神様が登場。

 

各地にこの神様を祀る神社や、「たたら」と呼ばれる製鉄施設の跡が今でも多く残されており、鉄づくりが地域に根付いた重要な産業だったことがうかがえます。

 

産鉄と同時に、鉄から刃物や農具などを製造する鍛冶職人も、人々の生活に不可欠なものでした。姫路の城下にはたくさんの職人が集められ、武士の刀や甲冑、生活に必要な用具はもちろん、城造りに欠かせない釘やねじなども作っていたそう。

姫路城の少し北の地域は「鍛冶町」と言い、職人が工房を連ねていたであろう長屋など、当時の街並みの面影が残っています。

 

製鉄所さらに時代が進んだ幕末から明治期にかけては、日本が産業革命を迎えます。急激に工業化が進んだことで、武具や和釘の需要は減少。

 

そこで鍛冶職人は、その技術を活かして錨(いかり)や鎖のような船舶用具や、機械部品を製造し始めたのです。

 

船舶や鉄道、工業機械の製造のため、ボルトやナットなどの需要は飛躍的に増加。試行錯誤を重ねて様々な製法を編み出したことで大量生産に成功し、第1次大戦期には多くの工場が創業されました。

 

1960年代の西播磨のナット生産量は、全国の大半を占めていたほどです。播州平野が瀬戸内海に接する姫路市白浜地区には、現在でも多くの製鉄所が集まっています。

 

「国産ねじ造りに見る熱き『魂』播磨のねじ職人を応援しよう!」

 

現在は、海外輸入や国内製造拠点の減少、景気低迷などにより、国産ねじの需要は少なくなっていますが、同時にその良さも見直されています。

 

「ねじなんてどこのを買っても同じやろ…」とお思いかもしれませんが、ちょっと待ってください!外国産の家具などを買って組み立てるとき、ねじが折れたり、ちゃんと回らなかったりした経験はありませんか?

 

国産ねじの不良品率の低さは、世界トップレベル。良い材料、厳しい品質管理体制、熟練の加工技術をキープする企業努力で高い精度を保っているのです。

 

ロボットやロケットなど高度な機械の部品製造にも力を入れるなど、様々な需要に対応できるよう今後も取り組んでいくとのこと。商品に対する愛情とこだわり、これぞまさに日本の職人魂。古来より受け継がれてきた情熱が生き続けています。

 

身近なものから世界中の精密機械まで支える西播磨の産業を、みんなで応援していきましょう!

 

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